音と静寂の森に岐け入り、うたの果実をひろう。
出演
渡辺勝・下村よう子DUO:
渡辺勝 うたとピアノ
下村よう子 うた
中尾勘二隊(演奏者予定):
中尾勘二 サックス
堀田博喜 サックス
橋本剛秀 サックス
岸川晃 クラリネット
岩渕理緒 クラリネット
戸次和歌子 トランペット
古池寿浩 トロンボーン
関島岳郎 チューバ
渡辺勝 ピアノ
日時
2005年12月19日(月曜日)
pm8:00-
場所
池袋・バレルハウス 03-3986-2871
豊島区池袋2-22-5 2F
http://www.barrel-house.net/
チャージ
未定
バレルハウス→ http://www.barrel-house.net/
池袋駅西口C-1出口より徒歩5分 TEL.03-3986-2871
地図→ http://www.barrel-house.net/new/barrelmap.htm
2005年12月16日
2005年10月22日
05.10.24(月)入谷「なってるハウス」渡辺勝ソロ
2005/10/24(月)入谷・浅草・かっぱ橋商店街「なってるハウス」03-3847-2113
渡辺勝(ピアノ・ギター・歌)solo
開店 19時30分 ライヴスタート20時
チャージ:2,000円 ドリンク:400円から
予約:knuttel@boss.interq.or.jp

東京都台東区松が谷4-1-8
●地下鉄営団日比谷線入谷駅からお越しの場合(徒歩約8分)
1番出口を出て言問通りを浅草方面に進み4つめの信号『金竜小学校交差点』を合羽橋商店街方向に右折、コンビニエンスストア『ポプラ』を越えて次の路地を右手に入った左側すぐ。
●JR山手線・京浜東北線鴬谷駅からお越しの場合(徒歩約13分)
鴬谷駅南口改札を出てすぐ左、線路の上を通過しつつ下って行くと言問通りに出ます。言問通りを右折し浅草方面へまっすぐ進んだ昭和通りとの『入谷交差点』(大きな歩道橋がかかっています)をそのまま直進、そこから数えて5つめの信号『金竜小学校交差点』を合羽橋商店街方向に右折、コンビニエンスストア『ポプラ』を越えて次の路地を右手に入った左側すぐ。
●地下鉄銀座線田原町駅からお越しの場合(徒歩約13分)
最寄り駅というほど近くありませんが、合羽橋商店街の最寄り駅はこちらになります。料理飲食店用道具類の日本一の商店街ですのでライヴ前に冷やかしても面白いかと。但しほとんどの店鋪が18時くらいまでには閉店してしまいますのでご注意を。
●お車でお越しの場合、当店に駐車場はございまい擦鵝�(近隣にコインパーキングはございます)また合羽橋商店街にはパーキングメーターが設置されています。
渡辺勝(ピアノ・ギター・歌)solo
開店 19時30分 ライヴスタート20時
チャージ:2,000円 ドリンク:400円から
予約:knuttel@boss.interq.or.jp

東京都台東区松が谷4-1-8
●地下鉄営団日比谷線入谷駅からお越しの場合(徒歩約8分)
1番出口を出て言問通りを浅草方面に進み4つめの信号『金竜小学校交差点』を合羽橋商店街方向に右折、コンビニエンスストア『ポプラ』を越えて次の路地を右手に入った左側すぐ。
●JR山手線・京浜東北線鴬谷駅からお越しの場合(徒歩約13分)
鴬谷駅南口改札を出てすぐ左、線路の上を通過しつつ下って行くと言問通りに出ます。言問通りを右折し浅草方面へまっすぐ進んだ昭和通りとの『入谷交差点』(大きな歩道橋がかかっています)をそのまま直進、そこから数えて5つめの信号『金竜小学校交差点』を合羽橋商店街方向に右折、コンビニエンスストア『ポプラ』を越えて次の路地を右手に入った左側すぐ。
●地下鉄銀座線田原町駅からお越しの場合(徒歩約13分)
最寄り駅というほど近くありませんが、合羽橋商店街の最寄り駅はこちらになります。料理飲食店用道具類の日本一の商店街ですのでライヴ前に冷やかしても面白いかと。但しほとんどの店鋪が18時くらいまでには閉店してしまいますのでご注意を。
●お車でお越しの場合、当店に駐車場はございまい擦鵝�(近隣にコインパーキングはございます)また合羽橋商店街にはパーキングメーターが設置されています。
2005年08月23日
05.6.9-11 付け/早起きの日々。
05.6.9-11/早起きの日々。
●6.9、高円寺「稲生座」ライヴ。
早朝(私には/調べたら9時28分のちょっと前だと)に目を覚まし、「こりゃあ、くるな!」と少々待っていたら、やはり地震がきた。ナマズみたいである。まあ、よくあることなのだが、地震がくる、ほんの少し前に目が覚め、蒲団のなかで、ただウーム……と天井の節穴を見ているだけなのだから、何の役にも立たない。
庭にいる鳥たちだって同じようなものだ。地震がくる10秒ほど前にギャーギャー・ピーヒャラ・ピーピーと騒ぎ立てるだけである。これも何の役にも立たない。〈喧しいな、こりゃあ、くるのかな!〉と思うだけである。
喧しければ地震がくるものだと決まっていれば、ガスの元栓を切ったり、本棚を押さえたりもするだろうが、猫が近づいてきたり、蛇がニョロニョロしたって、ギャーギャー……、なのだから、そんなことをしようと思ったことはない。ウーム、無駄になってもいいから、今度からはしてみるか。〈備え有れば患いなし〉、よし、覚えた。
地震がくる少し前に目覚めてしまうのは、何にでも吃驚してしまう体質に起因しているのかもしれない。グラグラとくる前の些細な振動にツンツンとやられて吃驚・悶えてしまうのかもしれない。
で、眠いので、もう一度寝るかとしたが寝られない。いくら漫画を読んでも寝られない。毎日毎日同じ漫画を読んでいるので完璧に飽きているのだ。台詞まで記憶してしまっている。
〈別な漫画はどこにあるのだ〉とウロウロ・キョロキョロしていたら、益々寝られない。不本意ながら、エイヤと起き出し、ピアノのお稽古。朝から偉いのだった。
昼からは、最近ギターを弾いていなかったので、慣れのために、弾くというよりは、触っていた。本日のライヴで「アレレ……」じゃ拙い。平仮名を忘れちまうことだってあるのだから、用心、用心である。
ステージでギターを弾くのは好きなのだが、どうも家では弾きたくならない。今年の二月くらいから、せっかく始めた新奏法も、既に遠い昔の話のようだ。殆ど覚えていない。
なぜに新奏法になったのか。あの頃、激しいピアノとギターの演奏の日々が続いて、爪はちぎれ、吹き飛び、指も擦れ、痛い、最早これまでか、という時があった。ピックは使いたくないが、別に使ってもいい(よくわからないか)、ではどうすればいいか、で何となく新奏法、そうなってしまったのだった。人様からみれば〈なあんだ、同じだよ!〉と思うかもしれない。しかしだいぶ違うのだ。説明はできないが。
指の故障で生まれた奏法なら、きっと優しい弾き方なのかと思うだろうが、これが大間違い。強力にハードなのだ。ギリ、ギリギリギリーッと弾く(余計にわからないか)。歯ぎしりのように弾く。弾くというより捻り取る感じかなあ。あの時は手のひらも痙攣していたぞ。
わからないだろうし、書きようもないので、この話は打ち止め。
まあ、もうやらないかもしれないが。さて今日のライヴではどんな弾き方をするのでしょうか。自分でもわからないでした。
●ライヴ後、帰りに「バグース」に寄ったが、流石に眠くなって、すぐに帰宅とした。これも偉かった。
●6.10、梅雨入り。
滅茶苦茶の早起き(5時だぞ!)。爺さんのようだ。そんなに寝ていないのだが(1、2時間しか寝ていないのだ)眠くない、不思議である。昨日だって、眠い、眠いぞ、と目を擦りながらも、やはり、お酒はちゃんと楽しく、しみじみと呑んだのであった。きっと熟睡したのだろう。
また、朝っぱらからピアノを弾いていた。
雨に煙る道を人々が足早に通り過ぎる。こちらは、ピアノの前に座り、それをただボーッと見ている。それぞれの人の、それぞれの時間か。窺い知れないことだな。
雨の匂いと葉擦れの音と静かな音楽。夜になっても、ずっと窓を開け放っていた。これで朝がこなけりゃ最高なのだが。
宿題がなかなかできない子どものような言い草だな。
こちらのピアノもまだまだだが、気長に待つとしよう。宿題のように締め切りがないのだ。
●6/11、今日も早起き。
まずい、どうも老人型時間割に陥ってしまったようだ。昨日ほどの早起きではないが、一応の凄い早起き。お酒だってガンガン呑んでいるっていうのに、よくわからないことだ。少ない睡眠時間でも元気なのだ。世間の範疇では〈寝坊助〉なのだろうが。
おまけに雨が降っていないので何だか寂しいのであった。どれどれと天気図を見たら台風もなくなってしまっていた。昨日は確かにあったのだが、どうなっているのだ。益々、寂しい。
それにしても梅雨になったばかりだろうが、2、3日は雨が続いて欲しかったなあ。こちらはそのつもりで、蝸牛なんぞを探しているのだぞ。
そうです、今日は出掛ける用事がないので、雨でいいのです。
で、本日は気分は梅雨入り、雨はどこだと、窓閉め切りの穴蔵生活とした。ウーム、落ち着く。
夕方に煙草を切らしてしまったのだが、外はまだ明るい、明るいところは歩きたくない、ということで我慢した。偉い。で、暗くなった頃に一番近い煙草の自動販売機へ。まずは早々に、緊急に、煙草を確保しようというわけだった。その後、コンビニにお酒を買いに行くのだが、そこにだって煙草は置いてある、距離だって大差ないのだ。2時間吸わないでいられたのに、1分でも近いところに買いに行ってしまう、これはどういうことなのだろう。ポイントは〈明るいところは歩きたくない〉なのだろうか。
いや、昼間から切らしてしまった場合には、嫌だとも思わずに買いに行くのだ。よくわからない。〈もうすぐ暗くなる〉、これかな。どうでもいいか。
薄暗い空を見上げると、何だか大きな飛行物体がやってくる。点滅しているから飛行機だろうが、異常にデカイ。まるで宇宙ステーションのようであった。旅客機が飛ぶ航路ではない。ゴーッと近づいてくると、かなりの低空飛行であった。墜落するのかと思った。前にも見たことがある光景だと思ったのだ。かなりリアルな記憶である、何なのだろう。あの時はドカーンと墜落したな(たぶん夢で見たのだろうが)。ウーム、それにしても、デカ過ぎだぞ。秘密兵器か。非常事態か。
そうか、〈世間は戦争か〉。
そんなことを思いながら、深夜、家々の窓をボーッと眺めていた。
ネットの天気情報では傘印だったが、雨は降っていない。見上げれば、白い雲が北へ流れて行った。彼は、彼女は、何をしているのだろう。
●6.9、高円寺「稲生座」ライヴ。
早朝(私には/調べたら9時28分のちょっと前だと)に目を覚まし、「こりゃあ、くるな!」と少々待っていたら、やはり地震がきた。ナマズみたいである。まあ、よくあることなのだが、地震がくる、ほんの少し前に目が覚め、蒲団のなかで、ただウーム……と天井の節穴を見ているだけなのだから、何の役にも立たない。
庭にいる鳥たちだって同じようなものだ。地震がくる10秒ほど前にギャーギャー・ピーヒャラ・ピーピーと騒ぎ立てるだけである。これも何の役にも立たない。〈喧しいな、こりゃあ、くるのかな!〉と思うだけである。
喧しければ地震がくるものだと決まっていれば、ガスの元栓を切ったり、本棚を押さえたりもするだろうが、猫が近づいてきたり、蛇がニョロニョロしたって、ギャーギャー……、なのだから、そんなことをしようと思ったことはない。ウーム、無駄になってもいいから、今度からはしてみるか。〈備え有れば患いなし〉、よし、覚えた。
地震がくる少し前に目覚めてしまうのは、何にでも吃驚してしまう体質に起因しているのかもしれない。グラグラとくる前の些細な振動にツンツンとやられて吃驚・悶えてしまうのかもしれない。
で、眠いので、もう一度寝るかとしたが寝られない。いくら漫画を読んでも寝られない。毎日毎日同じ漫画を読んでいるので完璧に飽きているのだ。台詞まで記憶してしまっている。
〈別な漫画はどこにあるのだ〉とウロウロ・キョロキョロしていたら、益々寝られない。不本意ながら、エイヤと起き出し、ピアノのお稽古。朝から偉いのだった。
昼からは、最近ギターを弾いていなかったので、慣れのために、弾くというよりは、触っていた。本日のライヴで「アレレ……」じゃ拙い。平仮名を忘れちまうことだってあるのだから、用心、用心である。
ステージでギターを弾くのは好きなのだが、どうも家では弾きたくならない。今年の二月くらいから、せっかく始めた新奏法も、既に遠い昔の話のようだ。殆ど覚えていない。
なぜに新奏法になったのか。あの頃、激しいピアノとギターの演奏の日々が続いて、爪はちぎれ、吹き飛び、指も擦れ、痛い、最早これまでか、という時があった。ピックは使いたくないが、別に使ってもいい(よくわからないか)、ではどうすればいいか、で何となく新奏法、そうなってしまったのだった。人様からみれば〈なあんだ、同じだよ!〉と思うかもしれない。しかしだいぶ違うのだ。説明はできないが。
指の故障で生まれた奏法なら、きっと優しい弾き方なのかと思うだろうが、これが大間違い。強力にハードなのだ。ギリ、ギリギリギリーッと弾く(余計にわからないか)。歯ぎしりのように弾く。弾くというより捻り取る感じかなあ。あの時は手のひらも痙攣していたぞ。
わからないだろうし、書きようもないので、この話は打ち止め。
まあ、もうやらないかもしれないが。さて今日のライヴではどんな弾き方をするのでしょうか。自分でもわからないでした。
●ライヴ後、帰りに「バグース」に寄ったが、流石に眠くなって、すぐに帰宅とした。これも偉かった。
●6.10、梅雨入り。
滅茶苦茶の早起き(5時だぞ!)。爺さんのようだ。そんなに寝ていないのだが(1、2時間しか寝ていないのだ)眠くない、不思議である。昨日だって、眠い、眠いぞ、と目を擦りながらも、やはり、お酒はちゃんと楽しく、しみじみと呑んだのであった。きっと熟睡したのだろう。
また、朝っぱらからピアノを弾いていた。
雨に煙る道を人々が足早に通り過ぎる。こちらは、ピアノの前に座り、それをただボーッと見ている。それぞれの人の、それぞれの時間か。窺い知れないことだな。
雨の匂いと葉擦れの音と静かな音楽。夜になっても、ずっと窓を開け放っていた。これで朝がこなけりゃ最高なのだが。
宿題がなかなかできない子どものような言い草だな。
こちらのピアノもまだまだだが、気長に待つとしよう。宿題のように締め切りがないのだ。
●6/11、今日も早起き。
まずい、どうも老人型時間割に陥ってしまったようだ。昨日ほどの早起きではないが、一応の凄い早起き。お酒だってガンガン呑んでいるっていうのに、よくわからないことだ。少ない睡眠時間でも元気なのだ。世間の範疇では〈寝坊助〉なのだろうが。
おまけに雨が降っていないので何だか寂しいのであった。どれどれと天気図を見たら台風もなくなってしまっていた。昨日は確かにあったのだが、どうなっているのだ。益々、寂しい。
それにしても梅雨になったばかりだろうが、2、3日は雨が続いて欲しかったなあ。こちらはそのつもりで、蝸牛なんぞを探しているのだぞ。
そうです、今日は出掛ける用事がないので、雨でいいのです。
で、本日は気分は梅雨入り、雨はどこだと、窓閉め切りの穴蔵生活とした。ウーム、落ち着く。
夕方に煙草を切らしてしまったのだが、外はまだ明るい、明るいところは歩きたくない、ということで我慢した。偉い。で、暗くなった頃に一番近い煙草の自動販売機へ。まずは早々に、緊急に、煙草を確保しようというわけだった。その後、コンビニにお酒を買いに行くのだが、そこにだって煙草は置いてある、距離だって大差ないのだ。2時間吸わないでいられたのに、1分でも近いところに買いに行ってしまう、これはどういうことなのだろう。ポイントは〈明るいところは歩きたくない〉なのだろうか。
いや、昼間から切らしてしまった場合には、嫌だとも思わずに買いに行くのだ。よくわからない。〈もうすぐ暗くなる〉、これかな。どうでもいいか。
薄暗い空を見上げると、何だか大きな飛行物体がやってくる。点滅しているから飛行機だろうが、異常にデカイ。まるで宇宙ステーションのようであった。旅客機が飛ぶ航路ではない。ゴーッと近づいてくると、かなりの低空飛行であった。墜落するのかと思った。前にも見たことがある光景だと思ったのだ。かなりリアルな記憶である、何なのだろう。あの時はドカーンと墜落したな(たぶん夢で見たのだろうが)。ウーム、それにしても、デカ過ぎだぞ。秘密兵器か。非常事態か。
そうか、〈世間は戦争か〉。
そんなことを思いながら、深夜、家々の窓をボーッと眺めていた。
ネットの天気情報では傘印だったが、雨は降っていない。見上げれば、白い雲が北へ流れて行った。彼は、彼女は、何をしているのだろう。
2005年08月19日
05.6.6-8 付け/ピアノにギターに、それからか……。
05.6.6-8/ピアノにギターに、それからか……。
●6.6。早朝から起き出してしまったので、ピアノをポロポロ弾いていた。眠くなったら〈また寝ちまえばいい〉ということである。先日書き上げた「とどかずの町で」を弾いているのだが、だいぶ慣れてきて、やっとすんなりと弾ける箇所も出てきた。こうなると何だか楽しい。早く全部を弾けるようになってステージで弾いてみたい。
昔、ピアノを習っていた親類の子どもが、よく十八番の曲を披露していたのを思い出した。得意げであったなあ。そういう時は、難しい曲ほどいいのだが、なあに〈蝶々、蝶々……〉でも〈メリーさんの羊〉でも何でも構わない。〈ちょっとした一世一代のコンサート〉なのである。〈曲〉でさえあれば、それでいいのだ。
しかし、フリーミュージックは駄目だぞ。子どもの演ることではない(演ってもいいが)。こちとらは聴き入ってしまうだろうが、まあ、普通は〈なめんなよ!〉と大人たちを不機嫌にさせるだけであろう。〈どうも気に食わない〉と、お年玉も減ってしまう。
そんな〈子ども・フリーミュージック〉には何回か遭遇したが、〈これは侮れないぞ!〉〈ウーム、一枚上手だぞ!〉と思った。何しろピアノを投げたのであった。まあ、トイピアノだが。いい音であったなあ。ウーム、真似できない。
●そうこうしていると〈本日、宴会のようなもの〉への誘いの電話。秋口のライヴの顔合わせと打ち合わせという名目であった。ウーム、どうするか。少々眠いが、練習もしたし、火急な用事もないので行くことにした。
●案内されたお店は初めてであった。扉は開いているのだが店主はまだ来ていない。店主はいないのに、お客さんはどんどん増えてきて、思い思いに座っている。どういう店なのだ。
案内して頂いた方が常連ということもあり、店主不在のまま、勝手にお酒を取り出し、宴会(いや、打ち合わせか)の始まり。楽しい話を一杯聞いた。
夜は更け、さてどうするか。久しぶりに〈朝までコース〉とした。
●あまり寝ていないのに、何だか、朝まで元気であった。ずっと呑んでいたが(と思う/酔っ払いにまともな記憶があるわけがない)、元気だった。帰りには、駅前のスーパーで沢山の買い物までしてしまった。大荷物で、朝の光を浴びて帰宅。偉かった。お酒の勢いかもしれない。
紫陽花の花もチラホラと咲いている。何だか今年は花や草が気になって仕方がない。どうしたのだろう。暇なのか。そういうこともあるが、よくわからない。虫も気になるしなあ。今、目の前では小さな蜘蛛が机の電気スタンドからぶら下がってプラプラしている。暖かいのかなあ。こんな所に巣を張ったって餌はないぞ。
●6.7。というわけで、午後に起き出して、家での昨日の続き。つまりピアノを弾いていたわけだ。何の根拠もないのだが〈やらねばならぬ時〉というのは、時々あると思う。何のためにしているのかは、どうでもいいのだ。今回の一連のピアノを弾く日々にしたって、ライヴで演るためとか上手になりたいとか、そういうことではない。それにこしたことはないが、そんなことは、どうでもいいのである。弾けるようにならなくても、上手にならなくてもいいのだ。〈ピアノを弾く〉ということが重要なのである。何かを探り当てそうな気配でも、なんとなく、感じているのかもしれない。楽しみではあるが、自分の変化は自分ではわからないというものだろう。
まあ、漫画を描くのが好きな少年少女が、眠い目を擦りながら深夜まで黙々と描き続け、終いにはペンを握ったまま眠りこけてしまうようなものかもしれない。
- いつまでも いつまでも - だな。
●6.8。明日のライヴの選曲。明日のライヴは全曲ギターで演るので、久しぶりにギターを出してチョコッと弾いたが、ピアノばかりを弾いていたせいか、妙に新鮮だった。弾き方も何だかヘンチクリンで(説明できないが)、自分でも興味深い。感性が変わったのかもしれない。
ギターを弾く日々も来たら、こりゃあ、大変だな。曲も作りたいし、何しろピアノを弾く日々は秋口まで続ける予定なのだ。今、練習している曲を弾けるようになったらライヴでも演ってみようというわけである。
一日中、楽器を弾いている事態となれば、楽しいかもしれないな。
笛なんかも練習しちゃったりして。
まずいことを思ってしまったか。ウーム、いよいよ、お酒を呑む時間がなくなってしまう。
今更、忘れるということはできないぞ。自分のことには粘着質なのだ。その気になってしまっているぞ。
そういえば昔、〈吉祥寺の笛吹き小僧〉と呼ばれていた。〈ほら吹き〉ではない。
●6.6。早朝から起き出してしまったので、ピアノをポロポロ弾いていた。眠くなったら〈また寝ちまえばいい〉ということである。先日書き上げた「とどかずの町で」を弾いているのだが、だいぶ慣れてきて、やっとすんなりと弾ける箇所も出てきた。こうなると何だか楽しい。早く全部を弾けるようになってステージで弾いてみたい。
昔、ピアノを習っていた親類の子どもが、よく十八番の曲を披露していたのを思い出した。得意げであったなあ。そういう時は、難しい曲ほどいいのだが、なあに〈蝶々、蝶々……〉でも〈メリーさんの羊〉でも何でも構わない。〈ちょっとした一世一代のコンサート〉なのである。〈曲〉でさえあれば、それでいいのだ。
しかし、フリーミュージックは駄目だぞ。子どもの演ることではない(演ってもいいが)。こちとらは聴き入ってしまうだろうが、まあ、普通は〈なめんなよ!〉と大人たちを不機嫌にさせるだけであろう。〈どうも気に食わない〉と、お年玉も減ってしまう。
そんな〈子ども・フリーミュージック〉には何回か遭遇したが、〈これは侮れないぞ!〉〈ウーム、一枚上手だぞ!〉と思った。何しろピアノを投げたのであった。まあ、トイピアノだが。いい音であったなあ。ウーム、真似できない。
●そうこうしていると〈本日、宴会のようなもの〉への誘いの電話。秋口のライヴの顔合わせと打ち合わせという名目であった。ウーム、どうするか。少々眠いが、練習もしたし、火急な用事もないので行くことにした。
●案内されたお店は初めてであった。扉は開いているのだが店主はまだ来ていない。店主はいないのに、お客さんはどんどん増えてきて、思い思いに座っている。どういう店なのだ。
案内して頂いた方が常連ということもあり、店主不在のまま、勝手にお酒を取り出し、宴会(いや、打ち合わせか)の始まり。楽しい話を一杯聞いた。
夜は更け、さてどうするか。久しぶりに〈朝までコース〉とした。
●あまり寝ていないのに、何だか、朝まで元気であった。ずっと呑んでいたが(と思う/酔っ払いにまともな記憶があるわけがない)、元気だった。帰りには、駅前のスーパーで沢山の買い物までしてしまった。大荷物で、朝の光を浴びて帰宅。偉かった。お酒の勢いかもしれない。
紫陽花の花もチラホラと咲いている。何だか今年は花や草が気になって仕方がない。どうしたのだろう。暇なのか。そういうこともあるが、よくわからない。虫も気になるしなあ。今、目の前では小さな蜘蛛が机の電気スタンドからぶら下がってプラプラしている。暖かいのかなあ。こんな所に巣を張ったって餌はないぞ。
●6.7。というわけで、午後に起き出して、家での昨日の続き。つまりピアノを弾いていたわけだ。何の根拠もないのだが〈やらねばならぬ時〉というのは、時々あると思う。何のためにしているのかは、どうでもいいのだ。今回の一連のピアノを弾く日々にしたって、ライヴで演るためとか上手になりたいとか、そういうことではない。それにこしたことはないが、そんなことは、どうでもいいのである。弾けるようにならなくても、上手にならなくてもいいのだ。〈ピアノを弾く〉ということが重要なのである。何かを探り当てそうな気配でも、なんとなく、感じているのかもしれない。楽しみではあるが、自分の変化は自分ではわからないというものだろう。
まあ、漫画を描くのが好きな少年少女が、眠い目を擦りながら深夜まで黙々と描き続け、終いにはペンを握ったまま眠りこけてしまうようなものかもしれない。
- いつまでも いつまでも - だな。
●6.8。明日のライヴの選曲。明日のライヴは全曲ギターで演るので、久しぶりにギターを出してチョコッと弾いたが、ピアノばかりを弾いていたせいか、妙に新鮮だった。弾き方も何だかヘンチクリンで(説明できないが)、自分でも興味深い。感性が変わったのかもしれない。
ギターを弾く日々も来たら、こりゃあ、大変だな。曲も作りたいし、何しろピアノを弾く日々は秋口まで続ける予定なのだ。今、練習している曲を弾けるようになったらライヴでも演ってみようというわけである。
一日中、楽器を弾いている事態となれば、楽しいかもしれないな。
笛なんかも練習しちゃったりして。
まずいことを思ってしまったか。ウーム、いよいよ、お酒を呑む時間がなくなってしまう。
今更、忘れるということはできないぞ。自分のことには粘着質なのだ。その気になってしまっているぞ。
そういえば昔、〈吉祥寺の笛吹き小僧〉と呼ばれていた。〈ほら吹き〉ではない。
2005年08月15日
ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル 2005/アーリー・タイムス・ストリングス・バンド
ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル 2005
9.3-9.4
※アーリーは9.4に出演します。以下、現在決まっている出演者だそうです。
9月4日(日)
開 場 11:00
開 演 13:00〜
終 演 〜21:00
出演
細野晴臣
洪栄龍
ラストショウ(松田ari幸一、徳武弘文、村上律、河合徹三、島村英二)
鈴木慶一/鈴木博文/武川雅寛 (from ムーンライダーズ)
佐野元春&ホーボー・キング・バンド(佐橋佳幸、 Dr.KyOn、井上富雄、古田たかし、山本拓夫)
アーリー・タイムス・ストリングス・バンド(渡辺勝/村上律/松田 ari 幸一/竹田裕美子/今井忍)
【西岡恭蔵トリビュート】ゲスト:宮武希(リング・リンクス)、中川五郎、ハンバート・ハンバート(佐藤良成、佐野遊穂)
岩渕まこと
SAKEROCK
(スペシャル・ゲスト) エリック・アンダースン (with ラストショウ)
★詳細はこちらで:HydePark Music Festival2005
9.3-9.4
※アーリーは9.4に出演します。以下、現在決まっている出演者だそうです。
9月4日(日)
開 場 11:00
開 演 13:00〜
終 演 〜21:00
出演
細野晴臣
洪栄龍
ラストショウ(松田ari幸一、徳武弘文、村上律、河合徹三、島村英二)
鈴木慶一/鈴木博文/武川雅寛 (from ムーンライダーズ)
佐野元春&ホーボー・キング・バンド(佐橋佳幸、 Dr.KyOn、井上富雄、古田たかし、山本拓夫)
アーリー・タイムス・ストリングス・バンド(渡辺勝/村上律/松田 ari 幸一/竹田裕美子/今井忍)
【西岡恭蔵トリビュート】ゲスト:宮武希(リング・リンクス)、中川五郎、ハンバート・ハンバート(佐藤良成、佐野遊穂)
岩渕まこと
SAKEROCK
(スペシャル・ゲスト) エリック・アンダースン (with ラストショウ)
★詳細はこちらで:HydePark Music Festival2005
2005年07月24日
05.6.4-6.5 付け/もうすぐ梅雨か。
05.6.4-6.5/もうすぐ梅雨か。
●週間の天気予報を何気なく見たら、雨の日が多い。去年の梅雨入りは六月六日だった。ウーム、たぶん梅雨入りはもうじきだな(何の根拠もないが)。家でゴロゴロしている日が多いのであまり関係はないが、〈梅雨寒〉というのもある。寒いのはイヤだ、未だに夜には真冬用のセーターを着込んでいるのである。夜更けにコンビニに出向く時などは、その上にジャケットを羽織って、〈私はセーターなんぞ着ていませんよ〉という素振りをしてみせる。ただでさえ怪しい≠ニ人はいうから、真冬用の厚手のセーターを着込んだ髪の長い髭面が店内をウロウロと物色していたら、流石に気味が悪いだろうな、という親切心である。しかし家に帰った時は歩いて運動をしてきたせいか、滅茶苦茶に暑い。勿論セーターなんぞは脱いでしまう。
一年中Tシャツで過ごしている人も何人か知っているが、あれはよくわからない。こちらは真夏でも半袖のシャツは着ないのである(外出時だけだが)。冷房対策というのもあるが、どうも半袖では心許ない。長年の馴れ、慣習を引きずっているということなのだろうか。
子どもの頃、山で遊んでいると草木に気触れることがよくあった。医師の話では肌が弱いとのことだった。陽射しにも弱い。海なんぞで遊んだ日には、もうヒリヒリ、真っ赤になってしまう。半袖では出歩かない習慣とは、そういうことだったのかもしれない。
長袖シャツに長ズボン、おまけにソックスが基本である。Tシャツ族が聞いたら卒倒するかもしれないが、蚊にだって刺されないで済むのだ。そりゃあ、暑い時は暑いさ。
そうかと思うと、真夏時、家では半袖でいることも多い。寒さにも弱いが暑さにも弱いのだ。熱帯夜ともなるとフーフーいって、このままお陀仏だなと思ってしまうこともある。昔、下関の友人宅に泊まった時など、頭がクラクラして、息をするのも辛かった。
何だ、この暑さは、下関は世界で一番暑いのか、と思ったが、戻った東京はもっと暑かった。夏の暑い池の水面近くで、酸欠の魚がパクパクと喘いでいるようであった。
あの夏、東京は暑かった。今でも、その頃に住んでいた所を電車から見ると思い出してしまう。みんながパクパクしていたなあ。パクパクしながら、みんなで酒を呑んだ。
ただの軟弱な体質なのかもしれないが、あの時、紛れもなく、みんなもパクパクしていたのだった。みんな軟弱だったのか。有り得るな。
毎年暑さに弱いというわけではない。異常な高温続きの夏でも一人、長袖で平然としていることだってある。しかし、何年かに一度、突然に、暑い、暑いぞとなる。夏ばてとかそういうのでもない。体は元気なのだが、〈なんとかしてくれ!〉となる。よくわからない。
もっと昔、小学生の頃は、冬でも半ズボンで過ごしていた。ちっとも寒くはなかった。あれは何だったのだろう。暖房だって火鉢だけだったぞ。今となっては信じられない。手袋だってしていなかった。たまの大雪の日には半ズボンでスキーの真似事をしていた。流石にあの時は手袋をしていたと思うが。手袋に半ズボンか妙な取り合わせだ。そういえばサッカーのゴールキーパーはそんな身装か。
その頃の燃料は、学校のダルマストーブは石炭だった。家のお風呂は石炭と薪か。凄い時代だな。何しろ、その頃の冷蔵庫は電気ではなく、氷屋さんが運んできた氷を冷蔵庫の上部に入れて、それで下部を冷やすというものだったからなあ。たぶん木製の冷蔵庫であったと思う。
氷屋さんはまだ町にあるが、氷で冷やす冷蔵庫なんぞ、もうないだろうな。そういえば、どこかの家には氷を使って冷風を送る仕組みの扇風機のようなものがあったような気もするが、定かではない。子ども心にも情けないものだった。
石炭はまだあるのだろうか。どこで使っているのだろう。
石油はあと40年分しかないらしい。石炭は200年分くらいあるそうだ。
ネットを見ていたら石炭の輸入量は日本が一番多いらしい。ウーム、どこかで使っているのだな。しかし、よくわからなかった。
40年後に石油がないのなら、今の車も役立たずか、何だか嬉しい気もする。ひょっとして、そんな時代も見られるかもしれないな。もの凄く長生きをしなきゃならない。
●今日も静かな日だなと、昨日の続きのピアノを弾いていたら、知人から仕事の助っ人の依頼。ウーム、やるぞと、ダーッとやって本日はお疲れさまとした。久しぶりに世間というものの匂いを嗅いだような気がした。
●6.5。今日の部屋は滅茶苦茶に暑い。寒暖計は30度を越えた。ウーム、梅雨はどうなんだと天気情報を見ると、何とこの地域は〈只今雨天〉となっていた。外はカンカン照りだぞ。別の天気情報ではどうなんだと調べたが結果は似たり寄ったりであった。〈信用がた落ち〉〈当分の間は孤独を覚悟だな〉という感じになったが、どこかで降っているかもしれないし、ということにした。で、雨雲の動きを実況しているサイトがあったので見てみると、確かに雨雲はこちらへと向かっているが、まだまだ遠かった。情報は郵便番号を記入して調べるのだが、それは検索する便宜上のことであって、実際の情報はそんなに細かい地域別というわけでもないらしい。
暫くしても、どうにも雨が降りそうな状況ではないので、また天気情報を見てみた。何と今まであった傘のマークが、すっかりなくなっていて〈只今雨天〉とあった時間帯も雲印となっていた。そうか、あのカンカン照りが曇りなのか、と思ったが、曇っているところもあったのだろうとした。最早、どうでもいいが、少々気になるということであった。
二時間後、空を見ていたら何だか怪しい雲の一団が山を越えてズンズンとやってくるじゃないか。ウーム、風もひんやりとしてきた、こりゃあ降るのかも知れないなあと、ぼんやりと眺めていた。だいぶ暗くなってきたし(コンビニへは深夜に行くのが基本なのだ/まあ、暗いことだし、不本意だが、行ってもいいよ、ということなのだ)、今のうちに買い物を済ませてしまおうとコンビニへ。
帰り道に、薄暮というより、最早、夜空というものを見上げたが、怪しい雲の一団はもう消えていた。
また暫くして、天気情報の〈雨雲の動き〉というのが気になって見てみた。何とこの辺の上空にあるらしいとのことだった。思わず窓を開けて見てしまった。ウーム、晴れているぞ。
〈只今雨天〉とあった時間帯の雲印もいつの間にか晴れ印に変わっていた。そうだよなあ、正解です。コンビニに行った時間帯も晴れ印に変わっていた。正解です。
今の時間帯は曇り印のままであった。ウーム、雲は多少出てきたが、晴れといえば晴れだが、曇りといえば曇りか。ああ、どうでもいいか。どうでもいいが面白かったな。
何だか雨の降らないのが残念である。
●一日中天気のことばかりを考えていたかというとそうではない。ピアノを弾く傍ら、チョコッと考えたのである。ウーム、逆かもしれないとしたらヤバイ、あれこれ詮索するのは止めよう。梅雨より台風4号が気になるのであった。
●週間の天気予報を何気なく見たら、雨の日が多い。去年の梅雨入りは六月六日だった。ウーム、たぶん梅雨入りはもうじきだな(何の根拠もないが)。家でゴロゴロしている日が多いのであまり関係はないが、〈梅雨寒〉というのもある。寒いのはイヤだ、未だに夜には真冬用のセーターを着込んでいるのである。夜更けにコンビニに出向く時などは、その上にジャケットを羽織って、〈私はセーターなんぞ着ていませんよ〉という素振りをしてみせる。ただでさえ怪しい≠ニ人はいうから、真冬用の厚手のセーターを着込んだ髪の長い髭面が店内をウロウロと物色していたら、流石に気味が悪いだろうな、という親切心である。しかし家に帰った時は歩いて運動をしてきたせいか、滅茶苦茶に暑い。勿論セーターなんぞは脱いでしまう。
一年中Tシャツで過ごしている人も何人か知っているが、あれはよくわからない。こちらは真夏でも半袖のシャツは着ないのである(外出時だけだが)。冷房対策というのもあるが、どうも半袖では心許ない。長年の馴れ、慣習を引きずっているということなのだろうか。
子どもの頃、山で遊んでいると草木に気触れることがよくあった。医師の話では肌が弱いとのことだった。陽射しにも弱い。海なんぞで遊んだ日には、もうヒリヒリ、真っ赤になってしまう。半袖では出歩かない習慣とは、そういうことだったのかもしれない。
長袖シャツに長ズボン、おまけにソックスが基本である。Tシャツ族が聞いたら卒倒するかもしれないが、蚊にだって刺されないで済むのだ。そりゃあ、暑い時は暑いさ。
そうかと思うと、真夏時、家では半袖でいることも多い。寒さにも弱いが暑さにも弱いのだ。熱帯夜ともなるとフーフーいって、このままお陀仏だなと思ってしまうこともある。昔、下関の友人宅に泊まった時など、頭がクラクラして、息をするのも辛かった。
何だ、この暑さは、下関は世界で一番暑いのか、と思ったが、戻った東京はもっと暑かった。夏の暑い池の水面近くで、酸欠の魚がパクパクと喘いでいるようであった。
あの夏、東京は暑かった。今でも、その頃に住んでいた所を電車から見ると思い出してしまう。みんながパクパクしていたなあ。パクパクしながら、みんなで酒を呑んだ。
ただの軟弱な体質なのかもしれないが、あの時、紛れもなく、みんなもパクパクしていたのだった。みんな軟弱だったのか。有り得るな。
毎年暑さに弱いというわけではない。異常な高温続きの夏でも一人、長袖で平然としていることだってある。しかし、何年かに一度、突然に、暑い、暑いぞとなる。夏ばてとかそういうのでもない。体は元気なのだが、〈なんとかしてくれ!〉となる。よくわからない。
もっと昔、小学生の頃は、冬でも半ズボンで過ごしていた。ちっとも寒くはなかった。あれは何だったのだろう。暖房だって火鉢だけだったぞ。今となっては信じられない。手袋だってしていなかった。たまの大雪の日には半ズボンでスキーの真似事をしていた。流石にあの時は手袋をしていたと思うが。手袋に半ズボンか妙な取り合わせだ。そういえばサッカーのゴールキーパーはそんな身装か。
その頃の燃料は、学校のダルマストーブは石炭だった。家のお風呂は石炭と薪か。凄い時代だな。何しろ、その頃の冷蔵庫は電気ではなく、氷屋さんが運んできた氷を冷蔵庫の上部に入れて、それで下部を冷やすというものだったからなあ。たぶん木製の冷蔵庫であったと思う。
氷屋さんはまだ町にあるが、氷で冷やす冷蔵庫なんぞ、もうないだろうな。そういえば、どこかの家には氷を使って冷風を送る仕組みの扇風機のようなものがあったような気もするが、定かではない。子ども心にも情けないものだった。
石炭はまだあるのだろうか。どこで使っているのだろう。
石油はあと40年分しかないらしい。石炭は200年分くらいあるそうだ。
ネットを見ていたら石炭の輸入量は日本が一番多いらしい。ウーム、どこかで使っているのだな。しかし、よくわからなかった。
40年後に石油がないのなら、今の車も役立たずか、何だか嬉しい気もする。ひょっとして、そんな時代も見られるかもしれないな。もの凄く長生きをしなきゃならない。
●今日も静かな日だなと、昨日の続きのピアノを弾いていたら、知人から仕事の助っ人の依頼。ウーム、やるぞと、ダーッとやって本日はお疲れさまとした。久しぶりに世間というものの匂いを嗅いだような気がした。
●6.5。今日の部屋は滅茶苦茶に暑い。寒暖計は30度を越えた。ウーム、梅雨はどうなんだと天気情報を見ると、何とこの地域は〈只今雨天〉となっていた。外はカンカン照りだぞ。別の天気情報ではどうなんだと調べたが結果は似たり寄ったりであった。〈信用がた落ち〉〈当分の間は孤独を覚悟だな〉という感じになったが、どこかで降っているかもしれないし、ということにした。で、雨雲の動きを実況しているサイトがあったので見てみると、確かに雨雲はこちらへと向かっているが、まだまだ遠かった。情報は郵便番号を記入して調べるのだが、それは検索する便宜上のことであって、実際の情報はそんなに細かい地域別というわけでもないらしい。
暫くしても、どうにも雨が降りそうな状況ではないので、また天気情報を見てみた。何と今まであった傘のマークが、すっかりなくなっていて〈只今雨天〉とあった時間帯も雲印となっていた。そうか、あのカンカン照りが曇りなのか、と思ったが、曇っているところもあったのだろうとした。最早、どうでもいいが、少々気になるということであった。
二時間後、空を見ていたら何だか怪しい雲の一団が山を越えてズンズンとやってくるじゃないか。ウーム、風もひんやりとしてきた、こりゃあ降るのかも知れないなあと、ぼんやりと眺めていた。だいぶ暗くなってきたし(コンビニへは深夜に行くのが基本なのだ/まあ、暗いことだし、不本意だが、行ってもいいよ、ということなのだ)、今のうちに買い物を済ませてしまおうとコンビニへ。
帰り道に、薄暮というより、最早、夜空というものを見上げたが、怪しい雲の一団はもう消えていた。
また暫くして、天気情報の〈雨雲の動き〉というのが気になって見てみた。何とこの辺の上空にあるらしいとのことだった。思わず窓を開けて見てしまった。ウーム、晴れているぞ。
〈只今雨天〉とあった時間帯の雲印もいつの間にか晴れ印に変わっていた。そうだよなあ、正解です。コンビニに行った時間帯も晴れ印に変わっていた。正解です。
今の時間帯は曇り印のままであった。ウーム、雲は多少出てきたが、晴れといえば晴れだが、曇りといえば曇りか。ああ、どうでもいいか。どうでもいいが面白かったな。
何だか雨の降らないのが残念である。
●一日中天気のことばかりを考えていたかというとそうではない。ピアノを弾く傍ら、チョコッと考えたのである。ウーム、逆かもしれないとしたらヤバイ、あれこれ詮索するのは止めよう。梅雨より台風4号が気になるのであった。
05.6.2-6.3 付け/どうにも宙ぶらりんな日々。
05.6.2-6.3/どうにも宙ぶらりんな日々。
●6.2。世間並みの時間に目覚めてしまったので、たまにはいいかとエイッと起きた。今日は用事が入るかもしれないので、それまでは譜面の検証の続きでもしていようということにした。早朝から窓を開けるのは何だか健康的過ぎる気がして懐かしき穴蔵状態とした。
暗い部屋でメールをチェックすると〈本日・呑み会のようなもの〉へのお誘い。ウーム、行きたいが用事がある。その用事が片づくかどうかだなと、朝っぱらから呑み屋の情景をあれこれと思い浮かべてしまっていた。どうも部屋が暗いのがいけないらしい。世間は早朝だが、この部屋には〈この部屋の時間〉というものしかない。うまく説明出来ない。
起きた時間が〈早朝気分〉なのかというと、昼に起きれば、それはやはり昼なのである。夕方に起きたとすると、それは何故か〈早朝気分〉になってしまう。なんだかわからないから、もう止めよう。早朝であろうと、昼であろうと、黄昏時であろうと〈某月某日〉で一括りにしてしまっているのだろう。いや、〈某年〉であるかもしれない。
●昨日、Live Informationを出し忘れていたことに気づき、一通だけ葉書を書いた(他はメールなのだ)。葉書はどこだと、ありそうな場所を探していたら、2002年の年賀状の残りが出てきた。キティちゃんの絵柄の可愛い葉書である。ウーム、これにLive Informationか、と暫し眺めていたが、知り合いに出すのだから、まあ、いいか、と2002を2005と直してフニョフニョ文字で記した。郵便局の人が見たら何と思うだろう。〈小学生同士の文通か〉か、〈小学生もライヴをやる時代になったのか〉か、〈それにしちゃあ値が張るぞ〉か。
メールのLive Informationも出してから、突然、メールの調子がおかしくなった。受信はするのだが、送信ができなくなってしまった。ウームと暫し考え、そのまま放っておくことにした。ここで騒ぎ立てても(いじくりまわしても)、それはたぶん徒労となってしまうだろうという経験上の判断である。通信会社の問題であることが多いのだ。案の定、二時間後には直っていた。
メールは通信手段としては危うい。相手のコンピューターや携帯が壊れれば、それで通信は不可能となる。その他、諸々の不慮の事態がいつ起こるとも限らない。いつだったか忘れたが〈詩のようなもの〉を掲載しているブログが何週間か機能停止となり、世間が大騒ぎになったこともあった。
メールをあまり見ない人もいるし、こちとらはツアー中は見ない。急ぎの用件は結局、電話でとなるが、料金滞納で不通の場合もままある(特殊な連中とつき合っているのか)。どうにも頼りない。
やはり、郵便か。引っ越ししたって届けてくれるもんなあ。
●夕方になっても〈本日の用事の主〉から連絡がない。電話してみると〈明日にでも〉ということで、それならばと、〈宴会のようなもの〉に行くことにした。
外は雨である。これから土砂降りになるという。そうか、とボロ靴を履いて出発。別に雨の日用ではないが、これが一番滑りにくくていいのだ。
昔は雨の日用の靴というのもあったが、最近は雨でも雪でも関係なく同じ靴を履いている。長靴を履いている人も、なかなか見かけない。誰に貰った長靴かは忘れたが持っていることは持っている。一度も履いたことがないが、劇団の小道具として稽古場に置きっぱなしになっている。今度見かけたら、いつ降るともしれない大雪にでも備えて持って帰るか。長靴で水たまりを選んで歩くのは楽しかった。
玄関先で庭を見回すと、先日見たのとは反対側にホタルブクロが沢山咲いていた。かなりの量だった。群生とはいかないまでも、〈密集〉という感じであった。一安心。家の者が植え替えたのかもしれない。
家の紫陽花にも少し花のようなものが見えてきた。もうすぐだな。思わず蝸牛を探してしまった。
雨といえば、小学校低学年の時、音楽の先生から「今度、公民館で歌の催しがあるから歌ってきなさい」と、いわれて歌ったことがあった。何を歌ったか、「照る照る坊主……」であった(誰が選んだのだろう)。独唱、無伴奏である。滅茶苦茶、緊張した。上手く歌えなかったとの記憶だけはある。他の出場者の歌声なんぞは覚えていない。余程のことだったのかもしれない。それまでは授業でクラスのみんなの前でしか歌ったことがなかったのだ。しかし、何を意図した催しだったのだろう、コンクールだったのだろうか。何も知らされていなかった。
今はその公民館も公園になってしまったが、当時は色々な催しをやっていた。映画、人形劇……。取り分け、子供用の映画は楽しかった。いつも満員だった。
70年代だったか、毎年、夏休みにはテレビで子ども用の映画を毎日のようにやっていた。どれもが素敵だった。もう、そんな映画はテレビではやらない。まあ、最近はテレビを全く見ないから、よくわからないのだが。
●池袋で呑んで「朝までコース」に誘われたが〈明日は用事がある〉ということで、ちゃんと帰宅。偉いな。当たり前か。
●6.3。用事も未確定のまま、本日も〈呑み会のようなもの〉へのお誘い。結局、用事はなくなったのだが、その用事の件で何があるかもしれないので、本日は辞退。用事とは知人の仕事の手伝いなのだが、コンピューター間の通信上の問題で資料が届かなかったのだ。作業もコンピューターを使うものなのだが、何しろ相手はコンピューターに疎い。私が一時間で済むなら、五時間くらいかかるかもしれない(大袈裟過ぎるか)。じゃあ、〈手伝うよ〉ということであった。
自分でやってみるというから、そうした。日々は工夫と経験だぞ!微力だが一応、待機しながらピアノを弾いていた。何だか腕が太くなったなあと測ってみたら、五ミリ程度太くなっていた。
重い鉄瓶でお湯を沸かしているせいか、ピアノを弾く日々が続いているせいか、よくわからないが、まだまだ力持ちには程遠い。
●6.2。世間並みの時間に目覚めてしまったので、たまにはいいかとエイッと起きた。今日は用事が入るかもしれないので、それまでは譜面の検証の続きでもしていようということにした。早朝から窓を開けるのは何だか健康的過ぎる気がして懐かしき穴蔵状態とした。
暗い部屋でメールをチェックすると〈本日・呑み会のようなもの〉へのお誘い。ウーム、行きたいが用事がある。その用事が片づくかどうかだなと、朝っぱらから呑み屋の情景をあれこれと思い浮かべてしまっていた。どうも部屋が暗いのがいけないらしい。世間は早朝だが、この部屋には〈この部屋の時間〉というものしかない。うまく説明出来ない。
起きた時間が〈早朝気分〉なのかというと、昼に起きれば、それはやはり昼なのである。夕方に起きたとすると、それは何故か〈早朝気分〉になってしまう。なんだかわからないから、もう止めよう。早朝であろうと、昼であろうと、黄昏時であろうと〈某月某日〉で一括りにしてしまっているのだろう。いや、〈某年〉であるかもしれない。
●昨日、Live Informationを出し忘れていたことに気づき、一通だけ葉書を書いた(他はメールなのだ)。葉書はどこだと、ありそうな場所を探していたら、2002年の年賀状の残りが出てきた。キティちゃんの絵柄の可愛い葉書である。ウーム、これにLive Informationか、と暫し眺めていたが、知り合いに出すのだから、まあ、いいか、と2002を2005と直してフニョフニョ文字で記した。郵便局の人が見たら何と思うだろう。〈小学生同士の文通か〉か、〈小学生もライヴをやる時代になったのか〉か、〈それにしちゃあ値が張るぞ〉か。
メールのLive Informationも出してから、突然、メールの調子がおかしくなった。受信はするのだが、送信ができなくなってしまった。ウームと暫し考え、そのまま放っておくことにした。ここで騒ぎ立てても(いじくりまわしても)、それはたぶん徒労となってしまうだろうという経験上の判断である。通信会社の問題であることが多いのだ。案の定、二時間後には直っていた。
メールは通信手段としては危うい。相手のコンピューターや携帯が壊れれば、それで通信は不可能となる。その他、諸々の不慮の事態がいつ起こるとも限らない。いつだったか忘れたが〈詩のようなもの〉を掲載しているブログが何週間か機能停止となり、世間が大騒ぎになったこともあった。
メールをあまり見ない人もいるし、こちとらはツアー中は見ない。急ぎの用件は結局、電話でとなるが、料金滞納で不通の場合もままある(特殊な連中とつき合っているのか)。どうにも頼りない。
やはり、郵便か。引っ越ししたって届けてくれるもんなあ。
●夕方になっても〈本日の用事の主〉から連絡がない。電話してみると〈明日にでも〉ということで、それならばと、〈宴会のようなもの〉に行くことにした。
外は雨である。これから土砂降りになるという。そうか、とボロ靴を履いて出発。別に雨の日用ではないが、これが一番滑りにくくていいのだ。
昔は雨の日用の靴というのもあったが、最近は雨でも雪でも関係なく同じ靴を履いている。長靴を履いている人も、なかなか見かけない。誰に貰った長靴かは忘れたが持っていることは持っている。一度も履いたことがないが、劇団の小道具として稽古場に置きっぱなしになっている。今度見かけたら、いつ降るともしれない大雪にでも備えて持って帰るか。長靴で水たまりを選んで歩くのは楽しかった。
玄関先で庭を見回すと、先日見たのとは反対側にホタルブクロが沢山咲いていた。かなりの量だった。群生とはいかないまでも、〈密集〉という感じであった。一安心。家の者が植え替えたのかもしれない。
家の紫陽花にも少し花のようなものが見えてきた。もうすぐだな。思わず蝸牛を探してしまった。
雨といえば、小学校低学年の時、音楽の先生から「今度、公民館で歌の催しがあるから歌ってきなさい」と、いわれて歌ったことがあった。何を歌ったか、「照る照る坊主……」であった(誰が選んだのだろう)。独唱、無伴奏である。滅茶苦茶、緊張した。上手く歌えなかったとの記憶だけはある。他の出場者の歌声なんぞは覚えていない。余程のことだったのかもしれない。それまでは授業でクラスのみんなの前でしか歌ったことがなかったのだ。しかし、何を意図した催しだったのだろう、コンクールだったのだろうか。何も知らされていなかった。
今はその公民館も公園になってしまったが、当時は色々な催しをやっていた。映画、人形劇……。取り分け、子供用の映画は楽しかった。いつも満員だった。
70年代だったか、毎年、夏休みにはテレビで子ども用の映画を毎日のようにやっていた。どれもが素敵だった。もう、そんな映画はテレビではやらない。まあ、最近はテレビを全く見ないから、よくわからないのだが。
●池袋で呑んで「朝までコース」に誘われたが〈明日は用事がある〉ということで、ちゃんと帰宅。偉いな。当たり前か。
●6.3。用事も未確定のまま、本日も〈呑み会のようなもの〉へのお誘い。結局、用事はなくなったのだが、その用事の件で何があるかもしれないので、本日は辞退。用事とは知人の仕事の手伝いなのだが、コンピューター間の通信上の問題で資料が届かなかったのだ。作業もコンピューターを使うものなのだが、何しろ相手はコンピューターに疎い。私が一時間で済むなら、五時間くらいかかるかもしれない(大袈裟過ぎるか)。じゃあ、〈手伝うよ〉ということであった。
自分でやってみるというから、そうした。日々は工夫と経験だぞ!微力だが一応、待機しながらピアノを弾いていた。何だか腕が太くなったなあと測ってみたら、五ミリ程度太くなっていた。
重い鉄瓶でお湯を沸かしているせいか、ピアノを弾く日々が続いているせいか、よくわからないが、まだまだ力持ちには程遠い。
05.5.31-6.1 付け/譜面は書いてみたものの……。
05.5.31-6.1/譜面は書いてみたものの……。
●5.31。次第によい天気になってきたので窓を全開にして譜面を書いていた。頑張れば今日中に終わりそうであった。ゆっくりとやっていたものだから十日もかかってしまった。
昼過ぎ、友人から「今日、一緒に呑もうや」と誘われたが、さっさとこの譜面書きを片づけたいので辞退した。偉かった。
で、タラタラと書きながら、時折、窓の外の景色なんぞを眺めていたら、どうもよく見えない。窓硝子がかなり汚れていてセロハン紙や透明な下敷きを通して見ているような感じだった。それでも暫くそのままの状態で作業をしていたのだが、何だか汚れが気になって仕方がない。そういえば、小学生の頃、色の濃い下敷きを透かして太陽を見ていたな、とか、露店で買った度派手なサングラスをかけて町中を歩くと、擦れ違う人々の呆れ果てた視線を感じたな、とか、思いはあらぬ方向へどんどんと突き進む。一度そうなると手に負えない。
〈どうしても今日は外の景色、山や庭の木々を眺めながら作業をしたいのだよ〉〈ちゃんと見えなきゃイヤだね〉と駄々っ子状態も最高潮。ウーム、掃除をするしかないか、するぞ!
思い立ったら行動は迅速である。窓拭き開始!
てっきり、雨に打たれて窓の外側が汚れちまったのだと思い、外側から拭き始めたが、一向に綺麗にならない。変だな、内側が汚れているのかと、一拭きすると雑巾に汚れがベターっと貼りついた。煙草の脂である。雑巾を裏返してベター、取り替えてベターと、とどまることをしらない。5枚の雑巾を使い果たしたところで、〈今日は本格的な掃除はなし!〉〈少しは綺麗になったはずだぞ!〉と勝手に決めて込んで終了とした。雑巾を何度も洗うのがイヤだったのかもしれない。
いい加減な掃除でも駄々っ子状態が治まれば、それでいいのだ。まあ、さっきよりはよく見えるし、本人は「やったね!」と大満足なのだ。
ご機嫌で〈さあ、作業、作業だ〉というわけだ。
この窓は正月にちゃんと、丁寧に拭いたはずだが、冬の閉め切り穴蔵隠遁生活で、すっかり汚ちまったとみえる。最近は部屋の端の網戸越しに外を見ていたので全く気づかなかったのである。今日は正面の窓から景色を見たかったのだ。
正確にいうと斜め右前方であるが、そこに見える山には大きな桜の木があって、幼い頃によく登って遊んだ。道から外れて、草木をかき分け、十メートルくらい行くと、その桜の木があった。いわば〈秘密の場所〉のような感じであった。草に埋もれて桜の木に寄り掛かってボーッとしているのも好きだった。今でも春夏秋冬、草の匂いは好きだ。
今年も見事な花がボワーッと咲いた。綺麗だった。何だか幼い頃と何も変わっていない気がする。
山梨県には樹齢千八百年の桜の木があるそうだ。千八百年前のことなんて自分の年表にはない。仏教伝来より古いぞ。本棚に高校生用の歴史の教科書が何故かあったので見てみると、邪馬台国の時代であった。ウーム、何といっても卑弥呼だぞ。
そんな長命な桜の木からみれば、人の一生なんて微々たる歳月か。
- 桜は千八百歳、人の平均寿命は八十歳、ネズミの寿命は三年くらい -
窓の向こうの山の桜はどれくらいの樹齢なのだろう。結構な年寄りかもしれない。
●長時間のヘッドフォン作業で耳が痛いし、鉛筆を持つ手も痛い。もう限界だなという頃、譜面書きは目出度く完了した。
何年か前までは、CD『とどかずの町で』を譜面にするなんて思いもよらなかった。新曲を作ったほうが手っ取り早いし、作りたくもあった。絶対にステージでは弾けないとも思っていたが、最近ピアノを弾く機会が多いせいか、弾けるかもしれない程度には変わってきた。さてどうなることやら。
●6.1。今日は一日中、薄暗い穴蔵状態のままでピアノを弾いていた。昨日完了した譜面の検証を兼ねての練習開始である。結構、間違いもあり、訂正しながら楽しい時間を過ごした。
弾けるようになるかは、まだわからない。どれも簡単なようで、一癖も二癖もあるフレーズである。条件反射で覚えるしかない。かなりの特殊な弾き方もしなければならない。楽しい練習か、いいなあ。
●夜になって、地震が何度も来た。グラグラグラ〜、ではない、ズドーン!というものだった。こういうのが一番ヤバイと素人考えで思うのだが。地震が来るたびにラジオをつけるが、そっけない地震情報ばかりで、「では、番組の続きを……」だった。震度2だと。ウーム、家が襤褸なのか。
●天気予報によれば二、三日、雨らしい。打ってつけの練習日和かもしれないぞ。
●5.31。次第によい天気になってきたので窓を全開にして譜面を書いていた。頑張れば今日中に終わりそうであった。ゆっくりとやっていたものだから十日もかかってしまった。
昼過ぎ、友人から「今日、一緒に呑もうや」と誘われたが、さっさとこの譜面書きを片づけたいので辞退した。偉かった。
で、タラタラと書きながら、時折、窓の外の景色なんぞを眺めていたら、どうもよく見えない。窓硝子がかなり汚れていてセロハン紙や透明な下敷きを通して見ているような感じだった。それでも暫くそのままの状態で作業をしていたのだが、何だか汚れが気になって仕方がない。そういえば、小学生の頃、色の濃い下敷きを透かして太陽を見ていたな、とか、露店で買った度派手なサングラスをかけて町中を歩くと、擦れ違う人々の呆れ果てた視線を感じたな、とか、思いはあらぬ方向へどんどんと突き進む。一度そうなると手に負えない。
〈どうしても今日は外の景色、山や庭の木々を眺めながら作業をしたいのだよ〉〈ちゃんと見えなきゃイヤだね〉と駄々っ子状態も最高潮。ウーム、掃除をするしかないか、するぞ!
思い立ったら行動は迅速である。窓拭き開始!
てっきり、雨に打たれて窓の外側が汚れちまったのだと思い、外側から拭き始めたが、一向に綺麗にならない。変だな、内側が汚れているのかと、一拭きすると雑巾に汚れがベターっと貼りついた。煙草の脂である。雑巾を裏返してベター、取り替えてベターと、とどまることをしらない。5枚の雑巾を使い果たしたところで、〈今日は本格的な掃除はなし!〉〈少しは綺麗になったはずだぞ!〉と勝手に決めて込んで終了とした。雑巾を何度も洗うのがイヤだったのかもしれない。
いい加減な掃除でも駄々っ子状態が治まれば、それでいいのだ。まあ、さっきよりはよく見えるし、本人は「やったね!」と大満足なのだ。
ご機嫌で〈さあ、作業、作業だ〉というわけだ。
この窓は正月にちゃんと、丁寧に拭いたはずだが、冬の閉め切り穴蔵隠遁生活で、すっかり汚ちまったとみえる。最近は部屋の端の網戸越しに外を見ていたので全く気づかなかったのである。今日は正面の窓から景色を見たかったのだ。
正確にいうと斜め右前方であるが、そこに見える山には大きな桜の木があって、幼い頃によく登って遊んだ。道から外れて、草木をかき分け、十メートルくらい行くと、その桜の木があった。いわば〈秘密の場所〉のような感じであった。草に埋もれて桜の木に寄り掛かってボーッとしているのも好きだった。今でも春夏秋冬、草の匂いは好きだ。
今年も見事な花がボワーッと咲いた。綺麗だった。何だか幼い頃と何も変わっていない気がする。
山梨県には樹齢千八百年の桜の木があるそうだ。千八百年前のことなんて自分の年表にはない。仏教伝来より古いぞ。本棚に高校生用の歴史の教科書が何故かあったので見てみると、邪馬台国の時代であった。ウーム、何といっても卑弥呼だぞ。
そんな長命な桜の木からみれば、人の一生なんて微々たる歳月か。
- 桜は千八百歳、人の平均寿命は八十歳、ネズミの寿命は三年くらい -
窓の向こうの山の桜はどれくらいの樹齢なのだろう。結構な年寄りかもしれない。
●長時間のヘッドフォン作業で耳が痛いし、鉛筆を持つ手も痛い。もう限界だなという頃、譜面書きは目出度く完了した。
何年か前までは、CD『とどかずの町で』を譜面にするなんて思いもよらなかった。新曲を作ったほうが手っ取り早いし、作りたくもあった。絶対にステージでは弾けないとも思っていたが、最近ピアノを弾く機会が多いせいか、弾けるかもしれない程度には変わってきた。さてどうなることやら。
●6.1。今日は一日中、薄暗い穴蔵状態のままでピアノを弾いていた。昨日完了した譜面の検証を兼ねての練習開始である。結構、間違いもあり、訂正しながら楽しい時間を過ごした。
弾けるようになるかは、まだわからない。どれも簡単なようで、一癖も二癖もあるフレーズである。条件反射で覚えるしかない。かなりの特殊な弾き方もしなければならない。楽しい練習か、いいなあ。
●夜になって、地震が何度も来た。グラグラグラ〜、ではない、ズドーン!というものだった。こういうのが一番ヤバイと素人考えで思うのだが。地震が来るたびにラジオをつけるが、そっけない地震情報ばかりで、「では、番組の続きを……」だった。震度2だと。ウーム、家が襤褸なのか。
●天気予報によれば二、三日、雨らしい。打ってつけの練習日和かもしれないぞ。
05.5.30 付け/お酒を買いに出たが……。
05.5.30/お酒を買いに出たが……。
大雨のなか、切らした煙草とお酒を買いに出た。寒いし、横殴りの雨だ。周りを見渡す余裕もない、風情もへったくれもない、ただ、ひたすら、雨が流れるアスファルトの光る道を急いだ。靴はビショビショ、ズボンもビチャビチャだ。
ピョンピョンと水たまりを飛び越えていたら、そういえばと、急に思い出したのだった。未開封のお酒があったんじゃないかな、ずっと違う部屋に置いておいたものだよ。そうだ、そうだ、すっかり忘れていた。参ったな(かといって帰るわけにはいかない、煙草を買うのだ)。しかし、何でまた急に思い出したのだろう、わけがわからない。ピョンピョンとしたからか、濡れネズミの寒い状況に遭遇したからか。有り得る。頭の発達をよくするために子どもを振り回すという国の話も聞いたことがあるし、ピョンピョンと飛び跳ねながら忘れてしまったことを思い出すという漫画もあったような気がする。
そういうことがあるのなら、走り高飛びや、バスケットボール、マラソン等のピョンピョン組は、常に何かを思い出しながら練習や競技をしているということか。ピョンピョンするたびに滅茶苦茶に頭の回転がよくなり、特殊相対性理論なんぞを考え続けているかもしれない。
〈入相は蛙の目にも涙哉〉か。
未開封のお酒の件を思い出したら、あれ、テーブルの下にもあるはずだぞ、と、また別なものも思い出した。お酒の記憶というものは、取り分け、私の場合には、強力にリンクしているのかもしれない。〈記憶の糸を手繰る〉とは言い得て妙である。しかし、殆どはプチンと切れてプラプラしている。どういう成り行きで突然にシャキッと繋がるのだろう。刻々と記憶し、片っ端から忘れていく。昨日のことだって急に訊かれても思い出せない。例えば、手帳に〈16時、渋谷駅〉との簡素なメモでもあれば、しめたもの。その前後の状況、つまりは〈階段でこけてシャツを破いて血だらけの人を見た〉とか、〈待ち合わせの相手は二分半も遅刻して平謝りだった〉から始まり、次から次へと思い出す(まあ、一日中分は無理だろうな/覚えているのも異常な気がする)。科学的なことには興味はないが、どうも糸ではなくて水のようなものかもしれない。雫はお風呂になり、川になり、やがて海になるが如くだな。
そうか、お酒は沢山あったのだな、と、嬉しくもあり、うんと損した気分でもあった(何だかよくわからない)。
バラバラに置いておくものだから、こういうことになるのだな。もう、机の脇にでもズラーッと並べておくか。しかし目障りかもしれない。昼間からお酒を呑む質ではないし(付き合いで呑んでもいい日も何年かに一度くらいはあるが、なるたけ避けたい)、夜更けにしか呑まないにしても、知らない人が見たら、完全なアル中である。人は呼べない。
〈ズラーッと〉というのもイヤだ。まるで蒐集家のようである。食料もお酒も煙草も、その日の分だけがあるのがいい。よく昔のアメリカのホームドラマ、映画に登場したような、まとめ買い、買い置きは嫌いなのだ。明日は明日になってみなければわからない。違うお酒が呑みたいかもしれない。煙草をやめているかもしれない。
深夜にお腹が空いて、食料は玉子一つのみしかない。それを茹でて頬張る、〈最後の晩餐〉を思いながら、静かに一日が過ぎてゆく。物足りなくても買いには行かない。何せ〈最後の晩餐〉なのだ。
しかし、お酒は買いに行くかもしれない。ウーム、よくわからない。きっとパンかなんかも買ってしまって〈染み染み〉も台無しだな。
ものが溜まると蒐集家への道へと一直線だ。それは自然の成り行きだろうと思う。
以前は色んなものを集めていた、音源(レコード、テープ等)、本、古い映画のビデオ、ガラクタのような楽器。もう殆ど所持していないが、古レコード屋さんや古本屋さん等で珍しいものを見つけると「欲しいぞ、欲しいぞ」となってしまうのだった。ポケモンの世界だな。
ポケモンには〈お金〉の話がよく出てくる。どうも馴染めない。やっぱり〈ドラえもん〉だな。
で、続き。〈夜は長いぞ!〉と、わけのわからないことをいいながら、そのままコンビニへ。
家に帰ってみたら、記憶違いで、お酒はございません、ではイヤだから、一応、お酒も買った。自分の記憶なんて信用していないのだ。決して、嘘吐きではないが、〈本当のこと〉にも興味がない、〈自分の過去〉にも興味がない。〈そうかもしれないなあ〉程度に思っている。敢えて自分を蒐集しなくても、その辺に転がっている。自分の写真もビデオも見るのは御免だ。そういうものは人様が見るものである。親が見るものである。見ていて楽しいのは自分の日々ではない。〈愛おしい者たちの立ち振る舞い〉だな。
歌は〈ラヴ・ソング〉がいい。
カラカラ回る映写機のフィルムのなかで、〈君〉の歌を歌う。観客は妖術をかけられたのように熱狂する。そんな日は、きっと寂しいだろうな。フムフム、そうか、そうかと寝こけながら聴いてくれたら、どんなに嬉しいだろう。子守唄か。
〈ラヴ・ソング〉の当人〈君〉も客席にいるかもしれない。自分のことを歌ったものだとは思っていないだろうな(勘違いで、信じ切っている人もたまにはいるぞ!)。それはそれでいいな。歌中の人を〈なんて素敵な人なんだ〉と思うかもしれない。貴方のことだよ!と言ってみたいが、そんなことは言えない。
帰ってから、さっき思い出したお酒を確かめると、あった、あった、埃だらけで沢山あった。嬉しい。早速、一塊にまとめたが、なんだかなあ、で、あった。七本もある。ウーム、そうさ、蒐集は嫌いなのだ。やはり一本がいい。片っ端から片づけるか(呑んでしまうということだ)。
大雨のなか、切らした煙草とお酒を買いに出た。寒いし、横殴りの雨だ。周りを見渡す余裕もない、風情もへったくれもない、ただ、ひたすら、雨が流れるアスファルトの光る道を急いだ。靴はビショビショ、ズボンもビチャビチャだ。
ピョンピョンと水たまりを飛び越えていたら、そういえばと、急に思い出したのだった。未開封のお酒があったんじゃないかな、ずっと違う部屋に置いておいたものだよ。そうだ、そうだ、すっかり忘れていた。参ったな(かといって帰るわけにはいかない、煙草を買うのだ)。しかし、何でまた急に思い出したのだろう、わけがわからない。ピョンピョンとしたからか、濡れネズミの寒い状況に遭遇したからか。有り得る。頭の発達をよくするために子どもを振り回すという国の話も聞いたことがあるし、ピョンピョンと飛び跳ねながら忘れてしまったことを思い出すという漫画もあったような気がする。
そういうことがあるのなら、走り高飛びや、バスケットボール、マラソン等のピョンピョン組は、常に何かを思い出しながら練習や競技をしているということか。ピョンピョンするたびに滅茶苦茶に頭の回転がよくなり、特殊相対性理論なんぞを考え続けているかもしれない。
〈入相は蛙の目にも涙哉〉か。
未開封のお酒の件を思い出したら、あれ、テーブルの下にもあるはずだぞ、と、また別なものも思い出した。お酒の記憶というものは、取り分け、私の場合には、強力にリンクしているのかもしれない。〈記憶の糸を手繰る〉とは言い得て妙である。しかし、殆どはプチンと切れてプラプラしている。どういう成り行きで突然にシャキッと繋がるのだろう。刻々と記憶し、片っ端から忘れていく。昨日のことだって急に訊かれても思い出せない。例えば、手帳に〈16時、渋谷駅〉との簡素なメモでもあれば、しめたもの。その前後の状況、つまりは〈階段でこけてシャツを破いて血だらけの人を見た〉とか、〈待ち合わせの相手は二分半も遅刻して平謝りだった〉から始まり、次から次へと思い出す(まあ、一日中分は無理だろうな/覚えているのも異常な気がする)。科学的なことには興味はないが、どうも糸ではなくて水のようなものかもしれない。雫はお風呂になり、川になり、やがて海になるが如くだな。
そうか、お酒は沢山あったのだな、と、嬉しくもあり、うんと損した気分でもあった(何だかよくわからない)。
バラバラに置いておくものだから、こういうことになるのだな。もう、机の脇にでもズラーッと並べておくか。しかし目障りかもしれない。昼間からお酒を呑む質ではないし(付き合いで呑んでもいい日も何年かに一度くらいはあるが、なるたけ避けたい)、夜更けにしか呑まないにしても、知らない人が見たら、完全なアル中である。人は呼べない。
〈ズラーッと〉というのもイヤだ。まるで蒐集家のようである。食料もお酒も煙草も、その日の分だけがあるのがいい。よく昔のアメリカのホームドラマ、映画に登場したような、まとめ買い、買い置きは嫌いなのだ。明日は明日になってみなければわからない。違うお酒が呑みたいかもしれない。煙草をやめているかもしれない。
深夜にお腹が空いて、食料は玉子一つのみしかない。それを茹でて頬張る、〈最後の晩餐〉を思いながら、静かに一日が過ぎてゆく。物足りなくても買いには行かない。何せ〈最後の晩餐〉なのだ。
しかし、お酒は買いに行くかもしれない。ウーム、よくわからない。きっとパンかなんかも買ってしまって〈染み染み〉も台無しだな。
ものが溜まると蒐集家への道へと一直線だ。それは自然の成り行きだろうと思う。
以前は色んなものを集めていた、音源(レコード、テープ等)、本、古い映画のビデオ、ガラクタのような楽器。もう殆ど所持していないが、古レコード屋さんや古本屋さん等で珍しいものを見つけると「欲しいぞ、欲しいぞ」となってしまうのだった。ポケモンの世界だな。
ポケモンには〈お金〉の話がよく出てくる。どうも馴染めない。やっぱり〈ドラえもん〉だな。
で、続き。〈夜は長いぞ!〉と、わけのわからないことをいいながら、そのままコンビニへ。
家に帰ってみたら、記憶違いで、お酒はございません、ではイヤだから、一応、お酒も買った。自分の記憶なんて信用していないのだ。決して、嘘吐きではないが、〈本当のこと〉にも興味がない、〈自分の過去〉にも興味がない。〈そうかもしれないなあ〉程度に思っている。敢えて自分を蒐集しなくても、その辺に転がっている。自分の写真もビデオも見るのは御免だ。そういうものは人様が見るものである。親が見るものである。見ていて楽しいのは自分の日々ではない。〈愛おしい者たちの立ち振る舞い〉だな。
歌は〈ラヴ・ソング〉がいい。
カラカラ回る映写機のフィルムのなかで、〈君〉の歌を歌う。観客は妖術をかけられたのように熱狂する。そんな日は、きっと寂しいだろうな。フムフム、そうか、そうかと寝こけながら聴いてくれたら、どんなに嬉しいだろう。子守唄か。
〈ラヴ・ソング〉の当人〈君〉も客席にいるかもしれない。自分のことを歌ったものだとは思っていないだろうな(勘違いで、信じ切っている人もたまにはいるぞ!)。それはそれでいいな。歌中の人を〈なんて素敵な人なんだ〉と思うかもしれない。貴方のことだよ!と言ってみたいが、そんなことは言えない。
帰ってから、さっき思い出したお酒を確かめると、あった、あった、埃だらけで沢山あった。嬉しい。早速、一塊にまとめたが、なんだかなあ、で、あった。七本もある。ウーム、そうさ、蒐集は嫌いなのだ。やはり一本がいい。片っ端から片づけるか(呑んでしまうということだ)。
05.5.29 付け/雑用を済ませば、五月の陽射しが眩しかった。
05.5.29/雑用を済ませば、五月の陽射しが眩しかった。
●懸案の雑用を片づけてしまおうと、まずは郵便物の整理。毎日、何が配達されたのかはチェックするが、重要そうなもの以外は内容も見ないでダンボールの箱に、次から次へと、ポイポイと投げ入れてしまう。もう、何カ月分も溜まっているので、かなりの量だ。まるっきり要らないものはゴミ箱へ、保存すべきものは新たな箱へという仕分け作業をするというわけだ。何だか労働・アルバイトという感じである。しかし誰も小遣い銭をくれない。当たり前か。
封書を開いていくだけでもイヤになる。塵の山はどんどん大きくなる。確かに電話代とか保険の支払いの通知は必要だろうが、必ず余計な分厚い、どうでもいい案内が入っている(必要な人もいるだろうが)。何とかならないのだろうか。塵を送りつけられている気になる。実はそういうことなのかもしれない。
●最近のものだけを整理するのに一、二時間もかかったのだから、旅行で一年も家を空けたらと思うとゾッとする。当然、ポストには入りきれない。いったい、どうするのだろう。郵便局預かりにでもなるのだろうか。実際、そういった不在の郵便物、配達されない葉書や封書が郵便局には沢山あって、ひっそりと主を待っているのかもしれない。なかには恋文だってあるだろう。人の世だ。そんなことだってあるさ。
寝食を忘れ認めた恋文を投函したが、待てども待てども返信が来ないのか。辛いなあ。
うら若き乙女はオヨヨと夜更けには涙するだろう。元気なブラバン(ブラスバンド部)青年は夕陽に向かいトランペットを吹くだろう(他の楽器では駄目だ/ドラムスならイケるか/リコーダーなんか吹いていたら情けなくて何だかいいな)。気の短い者なら、定番の海に向かっての「バカヤロー!」か。あれは何に怒っているのだろう。どうにも対象が見えてこない。「バカヤロー!」と叫んで世界中の〈バカヤロー〉どもが集ってしまったらどうするのだ。愛知万博の次は〈バカヤロー博〉か。見たくはないが、他の博覧会にも興味がないものだから大差ないと思ってしまう。
では、元気でない青年はどうするのか。ウーム、やっぱり、ウジウジ、ジメジメと、ストーカーになるのかな。ヤバイな。
ロックンローラーは「どうしたんだ、ベイビー!」か。叙情派フォーク(よくわからないが)は「待つわ、待つわ、いつまでも待つわ」か。「いつまでも友達でいよう」か。社会派フォーク(これも、よくわからないが)は、そんな歌は歌わない。気になって仕方がないのだが、「そんなこともあるだろう」で終わりか。
馬鹿馬鹿しくなったので、もう止めよう。
長期の不在は己にも世間にも大迷惑ということか。覚えておこう。
●宅急便も出さなくてはならなかった。その仕度は何日も前からしていたのだが、先方も別に急がないということなので、ついつい出しそびれていた。業者に取りに来て貰おうかとも思ったが、持ってみると意外に軽いので近所のコンビニに出向いた。よい天気だった。国道沿いの日当たりのよい場所の紫陽花も、もうすぐ咲きそうだった。家の紫陽花は、まだまだだが、そろそろ咲くということか。つまりは梅雨も近いということなのだろう。紫陽花と梅雨と蝸牛は一組である。早く会いたい。何とも、健全なのか、異常なのか、子ども状態が続いている。
近所の川を覗くと鯉君たちは元気だった。暫く川を見ていたら、小さな魚君の大群がいた。ゴニョゴニョと集って徘徊している。姿形からすると、どうも鯉君の稚魚らしい。再び鯉君だらけの川になってしまうのかもしれない。イヤだがいないよりはいい。でもイヤだ。亀君あたりも久々に欲しいし、アメンボ君だって欲しい。勿論、他の魚君も欲しいが、生憎、名前が出てこない。
●で、昨日の続きだが、玄関先の鉢植えのホタルブクロはピンクであった。今日は立派に咲いていた。そこから見える庭を見ると、白いホタルブクロも、僅かながら咲いていた。しかし昔のように群生ではなかった。一杯咲いていて欲しかった。昔の群生地を確かめるでもなく(そこは、もっと奥まっていて見えないのだ)家に入った。また、ネズミ君や犬君たちを思い出してしまっていたのだった。彼の墓、彼らとの思い出の地、の上に蔓薔薇の白い花びらが、無慚にへばりついていた。柄にもなく、蒼褪めたのかもしれない(いつも蒼白いが)。
それらを踏んで歩くなんぞ出来やしないじゃないか。五月の陽射しが眩しかった。
●それから、冬でもないのに古いセーターを着て、ずっと暗くなるまでピアノを弾いていた。
●懸案の雑用を片づけてしまおうと、まずは郵便物の整理。毎日、何が配達されたのかはチェックするが、重要そうなもの以外は内容も見ないでダンボールの箱に、次から次へと、ポイポイと投げ入れてしまう。もう、何カ月分も溜まっているので、かなりの量だ。まるっきり要らないものはゴミ箱へ、保存すべきものは新たな箱へという仕分け作業をするというわけだ。何だか労働・アルバイトという感じである。しかし誰も小遣い銭をくれない。当たり前か。
封書を開いていくだけでもイヤになる。塵の山はどんどん大きくなる。確かに電話代とか保険の支払いの通知は必要だろうが、必ず余計な分厚い、どうでもいい案内が入っている(必要な人もいるだろうが)。何とかならないのだろうか。塵を送りつけられている気になる。実はそういうことなのかもしれない。
●最近のものだけを整理するのに一、二時間もかかったのだから、旅行で一年も家を空けたらと思うとゾッとする。当然、ポストには入りきれない。いったい、どうするのだろう。郵便局預かりにでもなるのだろうか。実際、そういった不在の郵便物、配達されない葉書や封書が郵便局には沢山あって、ひっそりと主を待っているのかもしれない。なかには恋文だってあるだろう。人の世だ。そんなことだってあるさ。
寝食を忘れ認めた恋文を投函したが、待てども待てども返信が来ないのか。辛いなあ。
うら若き乙女はオヨヨと夜更けには涙するだろう。元気なブラバン(ブラスバンド部)青年は夕陽に向かいトランペットを吹くだろう(他の楽器では駄目だ/ドラムスならイケるか/リコーダーなんか吹いていたら情けなくて何だかいいな)。気の短い者なら、定番の海に向かっての「バカヤロー!」か。あれは何に怒っているのだろう。どうにも対象が見えてこない。「バカヤロー!」と叫んで世界中の〈バカヤロー〉どもが集ってしまったらどうするのだ。愛知万博の次は〈バカヤロー博〉か。見たくはないが、他の博覧会にも興味がないものだから大差ないと思ってしまう。
では、元気でない青年はどうするのか。ウーム、やっぱり、ウジウジ、ジメジメと、ストーカーになるのかな。ヤバイな。
ロックンローラーは「どうしたんだ、ベイビー!」か。叙情派フォーク(よくわからないが)は「待つわ、待つわ、いつまでも待つわ」か。「いつまでも友達でいよう」か。社会派フォーク(これも、よくわからないが)は、そんな歌は歌わない。気になって仕方がないのだが、「そんなこともあるだろう」で終わりか。
馬鹿馬鹿しくなったので、もう止めよう。
長期の不在は己にも世間にも大迷惑ということか。覚えておこう。
●宅急便も出さなくてはならなかった。その仕度は何日も前からしていたのだが、先方も別に急がないということなので、ついつい出しそびれていた。業者に取りに来て貰おうかとも思ったが、持ってみると意外に軽いので近所のコンビニに出向いた。よい天気だった。国道沿いの日当たりのよい場所の紫陽花も、もうすぐ咲きそうだった。家の紫陽花は、まだまだだが、そろそろ咲くということか。つまりは梅雨も近いということなのだろう。紫陽花と梅雨と蝸牛は一組である。早く会いたい。何とも、健全なのか、異常なのか、子ども状態が続いている。
近所の川を覗くと鯉君たちは元気だった。暫く川を見ていたら、小さな魚君の大群がいた。ゴニョゴニョと集って徘徊している。姿形からすると、どうも鯉君の稚魚らしい。再び鯉君だらけの川になってしまうのかもしれない。イヤだがいないよりはいい。でもイヤだ。亀君あたりも久々に欲しいし、アメンボ君だって欲しい。勿論、他の魚君も欲しいが、生憎、名前が出てこない。
●で、昨日の続きだが、玄関先の鉢植えのホタルブクロはピンクであった。今日は立派に咲いていた。そこから見える庭を見ると、白いホタルブクロも、僅かながら咲いていた。しかし昔のように群生ではなかった。一杯咲いていて欲しかった。昔の群生地を確かめるでもなく(そこは、もっと奥まっていて見えないのだ)家に入った。また、ネズミ君や犬君たちを思い出してしまっていたのだった。彼の墓、彼らとの思い出の地、の上に蔓薔薇の白い花びらが、無慚にへばりついていた。柄にもなく、蒼褪めたのかもしれない(いつも蒼白いが)。
それらを踏んで歩くなんぞ出来やしないじゃないか。五月の陽射しが眩しかった。
●それから、冬でもないのに古いセーターを着て、ずっと暗くなるまでピアノを弾いていた。

